エッセイブログ

子どもの頃の自分と記憶の旅をする

こんにちは、ライターの小澤まみです。


私はあまり過去の記憶がない。断捨離が得意だからか?、自分の中で完結したこと、済んだ出来事はびっくりするくらい忘れてしまうのだ。

仕事も自分の手を離れたものは忘れるので、「あの時の〇〇~」とか言われると本当に慌てる。

子供の頃の記憶もそうで、全然覚えていない。そのくせ、嫌だったことはネチネチ覚えているので嫌になる。

さくらももこや鮮明に覚えている人がうらやましかったが、娘が生まれてから、子どもの頃の自分がひょっこり顔を出すようになった。

私と娘はよく似ているらしく(顔が)、自分でも似ているなと思うことがある。だからか、娘を見ていたら過去の自分とリンクして、その時の状況が思い出せるのかもしれない。

家族や友達との思い出、好きだったこと、楽しかったこと。思い出せたら「あ~そういうことあったな」と嬉しくなる。忘れていたけれど、心のどこかではしっかり覚えていたみたい。

現在2歳の娘と子どもの頃の自分と一緒に記憶の旅をして、思い出を綴っていこうと思う。また忘れてしまいそうなので。

娘は絵を描くことが大好きで、毎日何かしら描いている。画用紙はあっという間になくなり、クレヨンはすぐに小さくなってしまう。

その姿を見ていると思い出した。私も絵を描くことが好きだった、と。

そう、小学生の頃までは大好きだったのだ。

小学生の時の図工の先生が、「上手いな~、上手いな~。ほんまにいいなぁ」といつも言ってくれていて、それがすごく嬉しくて。先生も図工の時間も大好きだった。

でも中学生の時の美術の先生とは合わなくて。「〇〇を描き足したら、もっと良くなるよ」と言われて足したら、毎回変になった。と言うより、自分の絵ではなくなる気がした。褒められた記憶もない。

その時から、自分は絵が下手だし苦手だと思ってしまい、描かなくなった。何より楽しくなくなってしまった。


今、娘にせがまれて一緒に絵を描いている。これがなかなか楽しい。自由に好きな絵を描いたり、ただただクレヨンを動かしたりする時間がこんなに楽しかったなんて。図工の先生の笑顔が浮かび、「上手いな~」という声が聞こえる気がする。

娘との時間が、また絵を描くことを好きにさせてくれた。

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